

第二回目の会社訪問は、千葉の名産品を取り扱う株式会社諏訪商店さんです。
社長の諏訪寿一さんと奥村は、たまたまスキルアップを目的として通った同じ講座を受講したことで知り合いました。
事業承継やM&Aを成功させていたり、活き活きとした組織風土を作り出していたりと、
興味津々の話題をキャッチしたところで対談をお願いした次第です。
千葉への愛を前面に押し出す諏訪商店さんに、ひそかなライバル心を燃やす埼玉県民の私がアタックしてきました。
-事業承継のいきさつについて-
まずは、事業承継のいきさつについてお聞かせください。
社長を先代から引継いだ時期はいつでしょうか?
2003年に社長に就任しました。現在で7年になります。
交代までのいきさつはどのような様子だったのでしょうか?
たしか1999年の役員会議の際に、現会長(諏訪社長のお父様)が突然引退宣言をしました。
「あと3年で社長を辞める」と。
その席で私が手をあげて「分かりました。
後は私が引き受けます」と伝えて、次期社長となることが決定しました。
後で聞いた話では、先代はまだ私に継がせるつもりはなかったようで、
一旦他の役員を社長に就かせようと思っていたということです。
それなのに私が手をあげてしまったので、私を社長にするしかなくなってしまったと・・・(笑)
それはすごいですね(笑)
会長さんも、まったく根回しもしていなかったということですか!?
ところで、そもそも諏訪社長は会社を継ぐつもりはあったのですか?
そのつもりでした。
以前他社に勤めていましたが、現会社に入社するときには社長になるつもりでした。
事業承継では後継者の経営者としての教育が課題となることも多いのですが、 諏訪社長の場合はそのような問題はなかったのですか?
私の場合、本当に良い師に恵まれたと思います。
厳しい師匠たちに、不思議と目をかけてもらうことができ、本当に鍛えられました。
また、早くから自覚をし、自分なりに勉強や努力をしてきました。
自己の研鑽のために多くの投資もしてきましたし、中小企業診断士の資格も取得しています。
本腰を入れて経営を学びだしたきっかけはアクアラインの開通です。
その年は海ほたるなども出来て、土産品を扱っていた弊社の売上げが急増しました。
それはもう忙しすぎて倒産してしまうんじゃないかというほどでした。
ところが、一年経つとアクアライン開通前の売上げにあっさり戻ってしまったのです。
売上げが増えたことにあわせていたため固定費は増えてしまっていたし、
手元にお金はないし・・・本当にこれはマズイと思いました。
このピンチ以来、考え方や本気度が変わったのです。
なるほど。
・・・ということは、先ほどの話しからすると、先代はもっとも苦しい時期に引退を宣言したということですね!?
それも珍しいことではないでしょうか?
普通は「会社のピンチに引退なんか考えてられるか」となりそうですが・・・。
たしかに(笑)
社長の座を譲ってからの、現会長である先代の会社への接し方はいかがでしたか?
本当にパタリと会社に来なくなりました。
たまに来たとしても数分ですぐに帰ってしまいます。
会社のことに対して口を挟むようなこともありません。
自分が心血を注いできた会社だけに、どうしても干渉したくなるのが普通だと思います。
寂しさや不安みたいなものはなかったのですかね?
やっぱり寂しさはあったみたいですね。
何かの席で、「寂しさを乗り越えられるかがポイントだ」みたいなことをポロリと漏らしていましたから。
ただ、会長の場合は経営から退いたら農業をやりたいという意欲があり、今は農作業に没頭しています。
やりたいことがあったというのも、引き際のよさにつながっているのではないでしょうか。
部下として一緒に会社で働いていたときの先代はいかがでしたか?
上司であっても父親なので、すべてにおいて素直に受け入れるということが難しかったです。
何かにつけてうざったい面を感じてしまうような・・・
今思うと申し訳なかったのですが。
やっぱり親子の葛藤というのは避けては通れないのですね。